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◆スタッフより
TYP所属占い師、ソフィア先生から占いに対する想いと活用法をお伺いしました。
参考にしてみて下さいませ。

占いを上手に活用していただくために・・・
『占い』に関して皆さんに是非知っておいて欲しい事です。
 
まず 「たとえどんなに良い星回りで生まれて来ても、”心”を自分の意思で鍛えなければ本当の幸せはつかめない」…これを何よりも理解していただきたいのです。
 
「生まれ持った星回りや環境、才能」というのは、たとえるなら人生という長い道のりを旅して、目的地にたどり着くために運命の神様が一人一人に用意してくれた「車」のようなものです。当然人によって「車種」は違います。軽自動車の人もいれば、大型バスの人も、農耕車の人も、F1カーの人だっているでしょう。自分の持って生まれた力や才能を最大限生かすには、F1車を持っている人が田んぼを走ったって使い物にならないどころかむしろ迷惑になってしまうのと同様、生き方(=車の走る”場所”と”走らせ方”)を自分で考えて探し、その目的地に向かう努力をしなければいけない訳です。その判断をするのは”心"ですし、交通ルールやマナーを判断するのも運転手であるその人自身の”心”です。
 
占いというのは、その「見きわめや判断をするときの手助け」としての一種の「道路交通情報」や「時刻表」や「天気予報」みたいなものなんですけれども、たとえ車を持っていても自分で「乗って動かそう」という意思自体がなければ、例え誰もがうらやむ高級車を持っていたって宝の持ち腐れで、その人の個性や能力・魅力は表に出てこないし、あるいは車を走らせても「正しい判断」が出来なければ、運転ミスで事故を起こしてしまう事だってありうるのです。
だから、生年月日が同じ(=才能や可能性の方向が同じ)人同士でも、歩む人生は全く違うのですね。どのような「車」であれ、走る場所と走らせ方によって結果が180度違ってきます。…天才だって、自分の能力の使い方に対してその善悪を判断する”心”次第で、社会の貢献者となるか大犯罪者となるか、まるっきり可能性が分かれてしまうのです。
 
私の大好きな言葉に、映画「スパイダーマン」の中に出てくる「大いなる力は大いなる責任を伴う」という格言があるのですが、これはもっと正確に表現すると「大いなる力を使う者には大いなる責任が伴う」でしょうね。
今の時代の日本では、ほとんど誰もが衣食住に不自由しない上、更に生活を豊かにするための驚くほど便利な道具や情報が溢れかえり、しかもそれらは個人単位で簡単に入手出来てしまいます。私自身も、たとえばインターネットなどを始めてみて、あまり詳しくはありませんがその便利さと可能性の大きさには本当に驚くばかりです。
 
…それなのに何故、世の中には様々な問題や不幸な状態が解消されることなく、「人生はつらい事ばかりだ」と嘆く人が多いのでしょうか?
その原因はやはり、どんなに便利な道具や知識や情報(大いなる力)を持っていても、目に見えるものごとの進化や進歩に対し、目に見えないけれど最も大切な自分自身の心を高める事(=力を扱う以上は、その使い方を間違えてはいけない、という自覚と責任を持つこと)に、いつまで経っても眼が向けられていないからではないでしょうか。
 
個人にしてもそうですが、地球全体で考えてもこんなに文化や文明の進歩した世の中だというのに、過去の歴史から何も学ぶことなく悲惨な戦争が繰り返され続けているという事実は、今の時代に優れた知恵と力を得て生きているはずの人類として本当に恥ずべき事だと私は思うのですが…。
 
便利であることと、安易であることは全く意味が違います。
色々なことが自由で便利になった分だけ、私達はそれらの恩恵にあずかる事に対してよりいっそう自覚と責任を持つ義務があり、それは決して「自分1人の力だけで実現していることではない」という、謙虚さと感謝の念も忘れてはいけないのだと思います。
 
私達はなんでも簡単に手に入り、生存するための何の苦労も努力も必要としない世の中に生まれてしまった事で、それらによって自らの心までも「簡単に満たすことができるはずだ」とか「人も物事も、自分の思い通りにならない方が間違っている」…などと、とてつもなく傲慢なカン違いを無意識の内にしてしまっているのではないだろうか、と私はとても恐ろしくなる事があります。
 
社会的に地位や権力を持ったいい歳の大人でも、さまざまな物事に対する不安・恐怖・劣等感といった、自分の「心の弱さ」とそこから来る問題(たとえば自分の性格的な欠点や、人間関係など)には眼をそむけて、フタをしたままの人が大勢います。余り認めたくない現実ですが…
 
自分の心の問題に眼を向けない人は、必ずその原因を他の誰かや何か(たとえば生まれ持った環境や才能)のせいにしたがりますが、本来なら「自力で解決でき、自ら責任を持ってすべきこと」を他へ押し付けて逃げてばかりだから、他者との人間関係にしても自分自身のことにしても、いっこうに問題は解決しないし、それは当然のことなんですよね。
 
だからといって「金銭・物質」や「娯楽」だけで代償的に心を満たすことには、必ず限界がきます。自分に対し本当の自信や充実感を持ち、他者との間にも良い信頼や愛情の関係を持てるよう努力をしている人は、目に見える物事のみに溺れて自分を見失うことはないと思いますが、個人がそれらの問題の解決に向けて努力すらできていない状態で、その「個人」の集まりである「全体」が良くなる訳はないですよね。
 
そのように、車にしても占いにしてもそれが何であれ、「力(とそれを生み出す道具や要素)自体に善悪はない」のです。
「いかに使うか」で、初めて意味や価値、善悪が発生してくる。
それを紡ぎ出すのは全て人間の”心"なのだと思います。
車(運勢や能力)さえ恵まれてればいいって事では、決して無いんですね。
生まれ持った能力や環境と同じくらい、あるいはそれ以上に”心の力”は人が生きていく上で幸せをつかむ為には重要な要素なんです。
 
だから本当は自分の弱さというものは、生まれ持った星や周囲のせいにしてはいけないのです。本当に幸せになるためには、誰でもきっと自分自身の心の中に努力や改善可能な余地がまだまだ残されているはずですよ、という事です。
占いによって「自分の車種(=持って生まれたもの)」についての情報を得る事もとても重要ですが、運転するにはまずそれ以前に「ドライバーとしての判断力や心得」(=たとえば他者への思いやり、逆境を切り抜ける冷静さと忍耐力、その他あらゆる心や精神に根差す力)の方を磨く必要がある…
ただ、能力と心(人間性)を別々に切り離して考えずに混同してしまっている事で、世間では「占い」に対しても過剰な期待やさまざまな誤解、偏見等が生じているように私には思われるのです。
 
占いの仕事をしていると、「運転手としての部分」を何とかして欲しくて相談される方がとても多いように感じますが、私自身その期待に応えたくてもその方法や考え方をいくつか提案してアドバイスする事が限界で、そこからはやっぱり自分自身で何とかしてもらわないと問題は解決しないんです。赤ちゃんみたいに1から10までその人の面倒を占い師が見られる訳ではありませんから…
 
占いは「呪術」と違って、「人や物事を(ある意味力づくでムリヤリ)思い通りに動かす」ものでなく、「自分の進む道筋とその状態を予測し、対策を立てる」ものなんです。
占いは、そこも誤解されている事が多いみたいです。
それに、仮に「占い」が「魔法のように全てをあなたの思い通りに動かせる術」だとしても、逆に他の誰かがそれらを使ってあなたをムリヤリ思い通りに利用したり支配しようとしたら、どう思いますか?「自分がされたら嫌な事は人にもしない」のは、言うまでもないことですよね。
 
私は、できればその辺りのもつれた糸をほどいていきたいし、占いに限らず、私達は情報その他の便利な”力”に「溺れる」ことなくいかに「使いこなす」か、自主性をもって臨む必要があるのだという事を、1人でも多くの人に知って欲しいのです。これらは決して固苦しいことではなく、「より楽しく人生を充実させるための1つの提案」だと理解して、なおかつ占いを活用していただけたら、それは私にとって願ってもない幸せだと思っています。
 
 ソフィア

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